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犯罪被害者に寄り添い支える 公益社団法人 全国被害者支援ネットワーク

全国被害者支援ネットワークは、全国48の加盟団体と連携・協力しながら
犯罪被害に遭われた方々へ支援活動を行なっています。

犯罪被害者の声 8.18のこと

8.18のこと

公益社団法人かがわ被害者支援センター
匿名
「犯罪被害者の声第9集より」

あの時のことは決して忘れない。今も、そしてこれからも…。

2014年3月、私は4年制大学を卒業し、4月に洋菓子の製造販売をしている会社へ入社した。仕事もスタッフの方たちも、本当に大好きだった。
8月18日…私の人生は大きく変わった。この日、同じ職場の外国人研修生に強姦された。しかも、会社の敷地内に停めていた私の車の中で…。この研修生は、仕事熱心で、とても気の利く人だった。豹変ぶりに恐怖を覚え、裏切られた気分だった。その日の夜、大学時代から交際している彼氏に、職場の人から強姦されたことを告白した。彼は翌日、病院に連れて行ってくれた。

産婦人科の医師に事情を説明し、警察に届け出るかどうかを聞かれた時は、私は届け出ないと言った。でも、それは恥ずかしいからなんかじゃない。警察に届け出ても、その後どうなるのか分からない。会社のみんなに知られる?みんなに知られたら、自分の居場所がなくなって、仕事を失ってしまう?家族は?彼とはどうなる?私さえ我慢すれば、誰にも知られずに、迷惑かけずに済む?でも、このまま届け出ずに今まで通り仕事に行っていたら、また被害に遭うかもしれない?いろんなことが不安だったのだ。届け出ないつもりでいる私に、彼は、「警察に届け出んのやったら、俺、もうお前と一緒におれん…。」
と言った。ショックのあまり言葉が出なかった。大泣きをし、ついには過呼吸になった。医師が、「辛かったね。あなたは何も悪くないよ。」と、何度も言ってくださり、それに背中を押され、警察に届け出る決断をした。

家にいる間は、とにかく気分が落ち込んでいた。何もやる気が起きなかった。テレビはつけているが、見ていない。見る気もしない。夜寝る時は、電気を消して、布団に入るまではテレビを消すことができない。真っ暗で音もない状態では布団に入ることができない。暗く音のない空間にいると、あの時のことを思い出す…。

さらに、車の中で被害に遭ったため、車に乗ることが本当に苦痛だった。乗る度に、被害に遭った時のことを思い出し、胸や頭が痛くなったり、泣きそうになったり、実際に泣き出してしまったこともある。あまりにも苦しいので、車を手放そうと考えた。しかし、その車は、大学時代から大切に乗ってきたものだった。毎日の通学、さらには、彼や友人を乗せて遊びに行ったりなど、この車には思い出がたくさん詰まっている。手放したいけど、手放したくない。手放したら、今までの思い出まで手放してしまうようで怖かった。毎日悩んだ。毎日泣いた。そして、悩みぬいた末に出した答え。それは、「手放す」ということ。辛かった…。でも、これからの自分のため…。車を手放した日の夜、自宅で1人で泣いたことは忘れない。 裁判は4回行われた。3回目の公判で、意見陳述の機会をいただいた。陳述書を、一部省略してここに載せる。

【意見陳述書】

被害に遭って以来、悪夢を見ることが格段に多くなりました。その悪夢の内容が、今回の事件とは関係がないにしても、悪夢を見る度に、必然的に事件のことを思い出します。事件の被害に遭ったという事実が、私を恐怖に陥れ、苦しめているのです。

夜なかなか寝付けない、夜中何度も目が覚める、そしてこれらが繰り返され、寝不足な毎日が続いています。また、急に怖くなったり悲しくなったりして涙が止まらなくなる、落ち着きがなくなる、無気力で何に対してもやる気がなくなるといったこともあります。私は、PTSD という精神障害を疑っています。

私が事件の被害に遭ったことを知った、交際相手の彼と私の母は、大変なショックを受けました。彼は一睡もできなかったこともあり、母は、私の命があっただけでも良かったと、涙を流しながら話していました。彼も母も、あなたを憎んでいます。本当のことを言えば、殺してやりたいくらい憎んでいます。

新卒で4月に入社した会社は、被害に遭った8月18日以降行っていません。私は就職してある程度安定してきたら、少しずつでも親へ仕送りをしようと考えていました。しかし、事件の被害に遭い、仕事にも行けなくなり、収入もなくなりました。入社して被害に遭う前までの給料や、前から貯めていた貯蓄も、もうほとんどありません。生活していくのがとても苦しいです。

被害に遭ってからは、本当に辛くて、一生分の涙を流したのではないかというくらい泣き、体調を崩すこともありました。友人に「仕事どう?」と聞かれ、友人に心配をかけまいと、「順調だよ」とか「楽しいよ」という嘘をついたり、友人が嬉しそうに自分の仕事について話しているのを聞いたりして、心が苦しくなることもたくさんありました。

年末年始になって、金銭的に厳しくなり、精神的にも限界を迎えようとしていたある時、私はキッチンにしまってあった果物ナイフを取り出し、その刃を自分の左の手首にあてました。それがどういうことを意味しているのか分かりますよね?私は被害にあったことで、ここまで追い詰められているのです。

私の心の傷は、ふさがることはあっても、必ずまた傷口は開きます。そして、その傷跡は、一生消えることはありません。あなたのせいで、私の生活はめちゃくちゃになりました。人生のどん底に突き落とされました。もう二度と、以前と同じ生活をすることはできません。私はあなたを一生許しません。あなたの一生をかけて、その罪を償ってください。

事件後約4ヵ月経った頃から、私は被害者支援センターや心療内科に通い続けている。私にはまだ、これからも支援を受けていく必要がある。仕事ができるほどの身体的・精神的余裕は、今の私にはない。

外に出て活動できるまでに回復するのに、あとどのくらいの時間を要するのか…。見込みはない。

被害に遭ってからは、今までのように、朝起きて、3食しっかり食べて、仕事もして、お風呂に入って、夜寝るといった、普通の生活ができなくなっていた。考えないようにしていても、何かの拍子に事件のことを思い出してしまう…。こればかりはどうしようもできない。

何ヵ月経っても変わらない。また、仕事に行けなくなってしまったため、日中は何をしたら良いのか未だに分からない。外出するのも躊躇う時がある。結局、半年以上経っても、生活は元に戻りきっていないのだ。むしろ、元には戻らない。戻るはずがない。被害に遭ったという事実がある限り、被害に遭う前までと同じ生活をすることはできない。私自身や私の身の回り、いろんなことが変わってしまったのだから…。

回復の見込みもない。生活も元には戻らない。でも、生きなければならない。前を向かなければならない。だから、立ち止まらずに進んでいきたい…そう思うことにした。性犯罪被害に遭った。これは本当に辛く悲しい経験だった。しかし、この経験をなかったことにはできない。性犯罪被害に遭い、裁判など様々なことに立ち向かったという事実に向き合っていくことが、これからの人生を歩んでいく上で、私自身を成長させていくのではないかと思う。私が、私自身が頑張らないと、何も変わらない。辛くても、怖くても、悲しくても、前を向く。

被害に遭って、失ったものは山ほどあるが、失うだけではなく、向き合っていく中で、きっと得るものもある。だから、諦めない。乗り越えていく。明るい未来が訪れることを信じて…。