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犯罪被害者に寄り添い支える 公益社団法人 全国被害者支援ネットワーク

全国被害者支援ネットワークは、全国48の加盟団体と連携・協力しながら
犯罪被害に遭われた方々へ支援活動を行なっています。

犯罪被害者の声 体罰、不起訴、そして二次被害

体罰、不起訴、そして二次被害

認定特定非営利活動法人おうみ犯罪被害者支援センター
M・K
「犯罪被害者の声第9集より」

元講師は2008年4月から難聴学級で姉の担任になる。2010年秋頃に、体罰を受けた姉妹からの訴えを受けた保護者が学校側に抗議し、これを受け学校側は担任を外したが、その後も同じような行為を繰り返していたため、2011年5月中旬に学校側が退職を勧告し、同年6月23日付で依願退職していた。(当時の報道より)


家族は4人。私と3人の子どもがいます。女・女・男、すべて聾(ろう)です。聞こえません。
皆さんは、聞こえない人とお出会いになったことはありますか?たとえば知ってる方にそういう方がいらっしゃるとか、身近に聞こえない人がいる、という人いますか?

なぜ聾学校に通っていなかったのか

皆さんはたぶん、聞こえない子どもだから聾学校に行った方が合ってるんじゃないかってお思いでしょう。でも私は、言葉の練習よりも子どもらしくのびのびと育って生きてほしいと思い、地元の保育園に通わせていました。
そして長女は中学から、妹は小6から地域の聞こえる学校に変わりました。子どもも「地域の学校に通いたい」という思いがありました。

だんだんと体罰が始まった

長女が中1のとき難聴学級が設けられました。
担任の先生は、養護学校に3年、聾学校にも1年の経験を持つ、生徒に人気のある先生でした。手話は当然できます。
しかしふたを開けてみると、私の期待をよそにそこでは生徒は長女が一人だけでした。先生と生徒の二人だけの学級で、そのうちだんだんと体罰が始まったようです。長女は何も言いませんでした。
長女が中3になったとき妹が中1で同じ難聴学級に入りました。妹は姉を見て私に「おかしい、おかしい」と言うのです。それがきっかけではっきり体罰がわかりました。そしてやっと、長女はそのことを私に打ち明けてくれました。

シャーペン事件はみんなのいるところで起こった

夏、昼寝しているとき長女の足の赤いブツブツに気づきました。
シャーペンの芯が刺さっていることがわかったんです。手にもありました。
皆さんは、このシャーペン事件は聴覚学級の教室の中で起こったと思ってらっしゃいますよね。そうではなく、交流学級といって40人ほどの教室の一番後ろで、先生が隣に付いている中でされたんです。
みんなは気づきませんでした。長女も「やめて」と声を出せばよかったのかもしれませんが、みんなに注目されるのが恥ずかしいという思いもあり、押し殺してたようです。内心はとても傷ついていたのでしょうが。
私は担任の先生にメールで伝えました。

体罰は続いた

秋になってまた殴られたということがありました。またメールをしましたが、全然改まらなかったんです。そこで教育委員会に出向いて話をしました。
長女は今までずっと我慢して我慢して隠していましたが、結局体罰が公になり、それがきっかけで担任を見るのが怖くなって、中3の11月くらいからでしょうか、学校は担任を娘から離す処分をしてくれました。
その後長女は高校に進み、少し呪縛が解けたようで、色々なことが言えるようになりました。
この担任は4月から妹にも殴る蹴るというおかしい行動をしていたようです。長女はそのことに薄々気づいていました。

そして逮捕…

新聞報道後、講師は逮捕されました。その結果、人気のある先生だったので妹は周りの友達から非難され、学校に行きづらくなってしまいました。

起訴猶予が示談と誤報、そして二次被害

秋に「起訴猶予」が決定しましたが、TV や新聞4社に「示談が成立」との記事が出ました。
「起訴猶予」と「示談」とは違います。正直言って示談はしていません。私たちはこの先生を赦せるはずがありません。でも新聞には示談と載ったんです。それを見た子どもと私の信頼関係は壊れてしまいました。「お母さんはうそつきだ」と娘に言われ、親子関係まで壊されたんです。大人に対する不信感でいっぱいになってしまい、家出を繰り返すようになりました。

心の傷

身体の被害も多かったんですが、妹の方は感受性が強く、心の傷がすごく深かったんです。長女がやられてるのを見て傷ついていました。
そして大人に対する人間不信、誰も信じられない、母親も信じられない、死にたい、自殺したい、と家出を繰り返し、すごく大変な時期がありました。
今は落ち着きました。

手話通訳は用意すればいいのではない

苦しみは本人にしかわかりません。警察の捜査の後の子どもたちへの事情聴取のときに、裁判所から手話通訳者が用意されました。いつもの通訳者は認められず、勝手に用意された知らない通訳者に二人ともすごく抵抗を感じました。 通訳者というのは手の先だけで仕事するのではなく、本人の環境だとか生まれ育ちを知っているか、などが大きく関わってきます。
子供たちは、生まれた時から手話でしゃべっています。家庭環境で身に着いた手話をその手話通訳者は読み取れず、「わからない」と訳したのです。子どもにきちっと説明してやればわかるんですが、その辺の知識がなかったようです。 私たち(聴覚障害者)は迷惑をかけてはいけないと育てられました。
聞こえないから悪いという遠慮もあります。みんなにわかってもらえない、色々相談しても気持ちに寄り添ってもらえないと、逆に心を閉ざしてしまうこともあります。きちっと受け止めて聞いてほしいのに。
マスコミもそうです。環境や背景をきちっと把握した上で対応してほしいと思います。

市役所や県庁で犯罪被害者支援のパンフレットを見て

相談相手がなく私は一人で限界を感じていました。そんなとき市役所や県庁で相談できる場所が見つかり、そこで犯罪被害者支援センターのパンフレットを見ました。ここで相談して、一人ではなかなか行けない弁護士さんのところにも一緒に付き添っていただいて、すごくありがたかったです。助かりました。
さらにこの小さいリーフレットは「聴覚障害者のために・・」と作られています。そういう風に作ってくださっているのはここだけかなと思います。聞こえない人に配っていただきたいなと思います。

自分のこととして考える

聞こえる人たちは、言いたいことは直接言えますが、私の場合、手話通訳者を介して言います。通訳を通すと気持ちが何かこうぶつけられないんです。逆にいえば相手もそうです。だから言いたい気持ちが減るのかなという面はあります。
一番大切なことは、言いやすい環境を作るっていうことなのかなと思っています。「私とは関係ないわ」ではなく「自分のこととして人のことを思う気持ち」をしっかり持って積極的に関わってほしいと思います。そういう人は少ないですよね。相手の立場に立って、自分は同じ子を持っている、聞こえなかったら私だったらどうだろう、と考えて行動していただけたら嬉しいと思います。

相談員の思い

私たちが主に支援したのは、お母さんとマスコミの方との会見に付き添うことでした。お母さん、手話通訳者、相談員が、思いを共有しながら、各社の記者と何度も話し合いを重ねました。お母さんの言葉をそのまま伝えると共に、最後の最後に、通訳者から「手話の世界で“ 示談” を表現するのは難しく、手話ニュースでも“ 酷いことをした人からお金をもらって仲良くなる” という表現しかできない」ことを説明し、相談員からも「お母さんの気持ちを察していただきたい。被害にあったことや起訴猶予に対しても思いはいろいろあるが、たった一つ“ 事実ではないことを訂正してほしい” という希望を理解してください」とお願いしました。全ての社が訂正してくださったのは、暮れも押し詰まった12月29日でした。「やっと新しい年を迎えられます」の言葉に、私たちもホッとしました。