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犯罪被害者に寄り添い支える 公益社団法人 全国被害者支援ネットワーク

全国被害者支援ネットワークは、全国48の加盟団体と連携・協力しながら
犯罪被害に遭われた方々へ支援活動を行なっています。

犯罪被害者の声 止められた時間と進んでいく時間

止められた時間と進んでいく時間

公益社団法人被害者支援センターすてっぷぐんま
H・A 
「犯罪被害者の声第9集より」

もう1年
まだ1年
私にはやっと1年

一緒に進んでいた私達の時間を息子だけ止められた日からやっと1年経ちました。
十月十日胎内で育み、この世に産まれ、去年まで私達は一緒でした。
どんな大人になるんだろうねぇ?
そんな未来を話した20歳の誕生日から僅か2年、我が子は身勝手な加害者の手で命を奪われたのです。
この世に一人しかいない我が子なのに…。

178センチと長身で手足も長く、スタイル抜群、優しくて、よく笑っていた我が子。今では、私に抱えられる位小さくなって、変わらない笑顔を見せてくれています。
写真の中の息子を見ては想います。我が子のこの笑顔だけを思い出し、心が穏やかでいられる日はくるのだろうかと。1年経った今でも「あの日」と考えた瞬間、最後の姿が鮮明に出てくるのです。
あの日、病院で見た息子の姿。
小麦色にやけ、健康的だったはずの肌は土色。つやも、血の気もなかった。体の所々に赤い火傷や暴行の跡、腫れたまぶたは半開きのままでした。少しだけ温かいと感じた手は一度も握り返してはくれませんでした。何度呼んでも一度も返事はしてくれず、何も出来ない私達はただ、側で「どんな姿でも良い、生きていて」と願う事しか出来ませんでした。
午後4時8分、病院で医師に死亡が確認されました。

病院に搬送されてきた時点で、手の施し様はなかったそうです。それでも僅かに残った可能性に尽力して下さった事に私達は御礼を言いました。そして、医師は警察にも連絡してくださいました。意識がなくなり、心肺停止してから時間が経っている事や同行してきた人達の言っている事とつじつまがあわない事を含めて私達と警察に話して下さいました。その日のうちに関係者は警察に呼ばれ調書を作り、その後、加害者は捕まり、起訴も決定。息子は命を奪われ被害者となり、私達は被害者遺族になってしまいました。

私達は沢山の人に支え、助けてもらいながら被害者遺族として裁判に参加しました。息子の本当の最後を知る為に。公判は裁判員裁判で行なわれました。私達は被害者参加制度を利用して、傍聴席ではなく法廷の中で判決を聞きました。事件の内容を聞く事は辛かった。勝手な言い分を言っている加害者側に腹も立ちました。でも、裁判に参加した事に後悔は有りません。
全ての主張が思い通りになるとは思っていませんでしたが、残された私達の悔しさ、憎しみを直接加害者にぶつける事が出来たから。その日、法廷にいた全ての人に今の気持ちを知ってもらう事が出来たから。
加害者の手で殺されたという事実はあるのに殺人罪と傷害致死罪では、刑の長さや重さに大きな差があるのです。息子の命は奪われ、もう帰ってはこないのに。法で裁かれたからと言っても許せる訳では決してありません。彼らは生きて、年を重ねていくんです。私達の息子はこの先、年を重ねる事はないのに。22歳で時間を止められてしまったのですから。この先ずっと子供を育ててきた思い出だけで私達も年を重ねていくのです。育ててきたはずの子供はいないのに。虚しさしかありません。

暴力や争い事が嫌いで、気持ちも優しく、思いやりのあった私達の息子。
段々薄れていく意識、自分の体がどうなっていくのかも判らず怖かっただろう、痛かっただろう。不安で仕方なかっただろう。一人で寂しかっただろう。そう考えるだけで、胸は苦しくなります。涙が溢れてきます。涙って枯れないんですね。初めて知りました。

写真を見て涙、思い出話をして涙、優しい言葉に涙、考えただけでも涙。想いを言葉にしただけで涙。そんな毎日でもすてっぷぐんまの皆様がいてくれた事は私にはとっても大きかったと思います。人に話せずにいた時もゆっくり寄り添っていてくれました。公判に参加する私達を本当に支え、助けて下さいました。甘えられる人がいる、本当の事を話す事が出来る人がいる。私達には必要な人達だったんです。
全てを知って話が出来る人、力になってくれる人が。
事件を知らない人に話す事は出来ませんでしたし、夫婦の間でも本当の本音での話は出来ていなかったと思います。二人っきりの部屋で息子のいない現実を話すのは、私達には辛すぎて。

今、思えば、私はただ、知ってもらいたかっただけなんだろうと思います。被害者遺族にされた私達の本当の気持ちを。
共感してもらいたいからとかわかってもらいたいからとかではなく、色々な感情も含めてのその時の気持ちを。
もし、誰とも話せず鬱々と毎日を過ごしていたら、決して前に進めていたとは思えません。聞いて下さったから少しずつ向き合えて、消化できたんだと思います。今の私達は、朝、我が子に手を合わせ、一日の最後に無事を感謝し、おやすみと話しかけて終わる日々を過ごしています。以前とは違う毎日です。

そしてもう一つ変わった事は、痛々しいニュースが報じられた時の会話です。自分達の様に残された御家族の事も考える様になりました。
眠れているのか、食事はできているのか、心ない言葉や対応に傷ついてはいないか、気持ちを抱え込んで一人で頑張ってはいないかと。

私達はとても沢山の人達に救って戴きました。親身になってくれた警察の方、ずっと支えてくれた被害者支援センターの皆様、弁護士、検事、友人。
特に被害者支援センターの皆様には沢山の知識と良い縁、そして、温もりを戴きました。制度があってもそれに伴う人がいなければ、成り立たない事だと思います。本当はこの様な制度を使わなくても良い世の中なのが一番だと思います。けれど、残念な事に犯罪被害者がいなくならないのが現実です。
被害にあわれた方々や御家族が少しでも前に進める何かを見つける為のお手伝いをして、支えてくれるこの制度。そして、被害者支援センターの皆様は私達の心強い味方です。