fbpx

犯罪被害者に寄り添い支える 公益社団法人 全国被害者支援ネットワーク

全国被害者支援ネットワークは、全国48の加盟団体と連携・協力しながら
犯罪被害に遭われた方々へ支援活動を行なっています。

犯罪被害者の声 つらい日々のなかで

つらい日々のなかで

公益社団法人被害者支援センターとちぎ
S・O
「犯罪被害者の声第9集より」

罪名・・・自動車運転過失致死

最初から納得のいかない罪名でした

平成23年4月朝、栃木県鹿沼市国道293号線にて、歩道を歩いて登校中の小学生の列に、暴走したクレーン車が突っ込み、息子卓馬を含む6人の幼い命が奪われました。
加害者は、医師から車には乗らないよう注意されていたにもかかわらず、持病のてんかんを申告せずに免許を取得。事故当日、発作の予兆があったにもかかわらず、クレーン車を運転し意識を失い、子供達を次から次へとひき殺していったのです。
この事故で、未来に満ち溢れた9歳から11歳の幼い命が無残にも奪われてしまったのです。

卓馬に会えたのは、事故から6時間後の鹿沼警察署の霊安室でした。
変わり果てた卓馬の姿。柔らかかった頬は冷たく、顔は傷だらけ・・・
卓馬の肩に触れようとした時、「卓馬君が可哀想だから」と警察の方に止められたのです。後に分かったことですが、卓馬は12トンのクレーン車の前輪の下敷きになっていたのです。卓馬の身体は損傷が酷くボロボロだったのでしょう。だから警察の方も葬儀社の方も、私達両親に顔以外は触れさせなかったのだと思います。

卓馬に会えるまでの時間、私達は警察署の3階で待たされていました。私は、「今、この窓から飛び降りれば卓馬と一緒に逝ける。でも、目の前にいる長男はどうなってしまうのだろう・・・」とそんなことを考えていたのです。親なのに守ってあげることも、一緒に逝くことも、抱きしめてあげることも出来なかった自分を責め続けました。
11年という余りにも短い卓馬の命を奪われたこの日から、私達の幸せな日々も奪われたのです。

法律のことなど何一つわからなかった私達は、当然、危険運転行為により6人もの命を奪ったのだから、危険運転致死傷罪で起訴をされるものだと思っていたのです。
しかし、自動車運転過失致死罪で起訴されたのです。私達遺族は納得できず、検察庁へ出向き理由を求めたのです。しかし、その返答に打ちのめされたのです。
理由・・・条文に当てはまらないため、危険運転致死傷罪で起訴したら裁判で無罪になってしまう。
私達は泣き崩れ、司法に裏切られたと感じたのです。それでも上限7年を勝ちとるため闘わなければならなかったのです。
事故から5ヶ月後、裁判が始まり明るみになった加害者の人格、事故歴。
免許取得からの10年間で、物損事故11回、人身事故はこの事故で2度目となります(内てんかん発作による事故は6度目と思われる)。
1度目の人身事故で刑事裁判となっていますが、てんかん発作による事故だということを隠すため、母親と共に口裏を合わせ、「居眠り事故」として、懲役1年4ヶ月、執行猶予4年の判決を受けていたのです。
過去の事故を「運が悪かった」と供述し、人の生命身体に無関心、無視という非人間的な加害者の性向に憤りを感じました。

私達両親は、被害者参加制度を使い、意見陳述で加害者に、今まで子供達と過ごしてきた大切な時間、失ってからの苦しみ、加害者に対しての憎しみをぶつけたのですが、顔色ひとつ変えず、他人事のようにしか思っていない様子でした。
こんな人間に大切な卓馬を殺されたのかと思うと悔しく、憎しみが増すばかりでした。

判決・・・懲役7年
自動車運転過失致死罪の上限7年が言い渡され、執行猶予中の事故だったため、未決勾留日数150日を算入され、一日も減刑されることなく終わりを迎えたのです。
しかし、自己中心的な考えで行動をし、6人の幼い命を奪い、これが何故「過失」による事故だと言えるのでしょうか。この加害者の考えや行為は故意としか思えないのです。
私は遺族となって初めて、交通事故では人の命が軽視されていることを知り、この国の法律は加害者のためだけにあり、被害者の人権など無視されていると感じました。
一番辛く、悔しいのは突然未来を奪われた被害者なのです。交通事故だからといって、人の命を軽く見ないでほしい。
最初から軽すぎる刑に私達は納得できず、法改正を求めて動き始めたのです。

平成23年12月、クリスマス一色で賑う店先で始まった署名活動。楽しそうな親子連れを見ると胸が締め付けられる思いでした。
行き交う人に声を掛け、一人一人に主旨を説明し理解してもらい署名をして頂きました。
日が経つにつれ、自宅にも署名が届くようになり、署名と一緒に温かい言葉が添えられた手紙が多く届くようになりました。
しかし、中には中傷的な手紙や電話もあり、傷つき落ち込むことも度々ありました。その度に自分を奮い立たせてきました。
署名活動から約4ヶ月。間もなく子供達の一周忌を迎えようとしていた4月、多くの人に助けられ、短期間にもかかわらず、刑法改正約17万人、運転免許制度の改正約16万人もの署名を、法務大臣、国家公安委員長へと提出することができました。

法務大臣「署名は、もう十分です。正面から問題に取り組みたい。」
国家公安委員長「早期に再発防止策を取りたい。」
と言われたお二人の大臣の言葉に、どれほど救われたことでしょう。
その後も、自宅に届いた署名を提出することができ、最終的に約20万人の署名を提出することができました。

署名提出から2年後。
平成26年5月より、悪質な交通事故を厳罰化する新法が施行されました。
危険運転致死傷罪(上限15年)・・・病気(てんかんなど6疾患)やアルコール、薬物の影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で死傷事故を起こした場合  発覚免脱罪(上限12年)・・・飲酒運転で死傷事故を起こし、飲酒の発覚を免れようと逃走した場合 無免許運転で死傷事故を起こした場合には刑が3~5年加重される。
そして6月には、免許の取得・更新時に病状を虚偽申告した場合の罰則も施行されたのです。それぞれの遺族の活動が、法改正へと至ることができたのです。
私達は短期間の署名活動で、法改正への道が開けましたが、中には長年の署名活動を行っているご遺族の方々もいたのです。
署名活動は、精神的にも肉体的にも苦痛を伴います。遺族は、大切な人を亡くし、生きているだけでも精一杯なのです。もしまた厳罰化を求める声が上がったときは、お願いです。遺族の声に耳を傾け、早急に対応をしてあげてください。これ以上の辛く苦しい想いをさせないでほしいのです。

あの日から4年の月日が経ちましたが、今でも卓馬が一人で寂しいのではないかと心配でなりません。日が経つにつれ人に胸の内を話せなくなっています。
私達には理解と胸の内を話せる場所が必要です。私達は事故直後から、被害者支援センターとちぎの方々と出会うことができました。
何もわからず何も手に付かない私達に、裁判までの流れや、裁判への付き添い、署名活動へのアドバイスから署名活動まで。様々な手助けをして頂きました。
そして今でも、被害者のパネルを各市町と共催し、被害者や遺族の苦しい想いを広く理解してもらいたいと、パネル展示を行ってくれています。6人の子供達は、パネルと共に靴も展示して頂いています。
そして年に一度、被害者が生きていた証として、私達遺族が書いた手記「証」を刊行し、多くの人に伝えようと配布をしてくれているのです。
何年経っても私達を心配し、理解してくれる唯一の人達。心より感謝しています。

この事故で多くの人が悲しみ苦しみました。
私達家族、友達、子供達と関わった多くの人達。そして、同じ持病を持ち病気と向き合い生きている方々。この加害者は、これだけ多くの人達を傷つけ苦しめたことをわかっているのか疑問です。
この4年間、悔し涙を流し、歯をくいしばり様々なことに耐え辛い日々の中を過ごしてきました。平凡な毎日がどれ程に幸せなことか。
卓馬の隣で笑い、抱きしめられる。そんな平凡で平穏な日々に戻りたい・・・